中国語

中国語

はじめに

中国語研究室から新入生のみなさんへの挑戦状

みなさんは、マリノフスキーという人類学者をご存知でしょうか?20世紀前半、西太平洋の島々で長期間にわたるフィールドワークを行い、近代人類学の礎を築いた人です。当初、調査ノートを英語で記していた彼ですが、後に現地語による記述に切りかえました。文字を持たない現地語においては、表記法も定まっていないわけですから、随分と面倒くさいことをしたものですよね。しかし、言語学者F. ソシュールも指摘したように、言語には認識、つまり世界像を規定してしまう力があります。それぞれの言語は恣意的に世界を切り取り、表現しています。英語では暖かくてもwaterですが、日本語では温度に応じて「湯」「水」と表現を変えねばなりません。世界の切り取り方とは、つまり認識の仕方です。現地語と英語とでは、世界の切り取り方、認識の仕方が違っていたはずです。極論すれば、現地語を通して見える世界と、英語を通して見える世界とでは、違うのです。それに気づいた時、彼は現地語によるノートを試みざるを得なくなったのでしょう。
たしか、太宰治が「男と女とでは、それぞれ赤と見え緑と見えるものを、共に『赤』と呼んでいるのではないか。本当は全く相互理解ができていないくせに、言葉のせいでわかったような気になっているだけでは?」といった類の、えらく懐疑主義的な女性観を吐露していたことがありましたが、ちょっと似ていますね。
無論、人間には普遍的側面もあり、いたずらに文化相対主義を強調することは、権力の横暴を文化の名のもとに正当化する、あるいは本質主義的な民族観やオリエンタリズムの背景になりうるなど、マイナスの側面もありますから、よくよく注意せねばなりません。太宰はある意味、女性を「他者」扱いしていますが、他民族を「他者」扱いするのには(また、逆に自民族を特別扱いするのには)、常に政治、道徳的危険が伴います。
しかし、海外のフィールドに出てしまった研究者の多くが、日本人が日本語で記述をすることの限界に思い至るのも、また事実なのです。英語さえあれば、世界中どこに行っても大丈夫だと、思われる人もいるかも知れません。お金があれば、通訳を雇うことだって可能だと、高をくくる向きもあるでしょう。しかし、上述の考え方に立つと、中国語を知らずして「中国人」を理解するのは不可能だ、ということになります。
現実世界は0と1だけで語れるサイバー世界よりも、少しばかり複雑です。将来中国大陸ないし、台湾、香港、マカオ、シンガポール、東南アジア各国の華人社会などを含んだ、いわゆる「中国語圏」での活躍を考えるのなら、中国語の能力は必須前提条件でしょう。これは、SFCに設置されている他の言語についても同様です。例えば、アフリカ経済を研究するのに、フランス語、スワヒリ語、アラビア語といった言語で現地の人々と語る能力が必要ないと考えられる方、いらっしゃいますか?彼らの抱える困難を、人々と直接向き合うことで一つ一つ拾い上げるような迂遠な努力は不必要で、「えらい」先生の書いた理論書と世界銀行あたりのデータさえあれば、問題解決ができると考えますか?だとしたら、それは残念ながら、現地の人々を実験室のモルモット扱いしているのか、あるいは経済学というものを0と1だけで語れる抽象科学だと思っているのか、多分そのどちらか(ひょっとしたら両方)なのでしょうね。
人には、固有の内面世界や、内面的世界に多大な影響を与えた特殊な文脈というものがあります。同じ外部刺激が与えられれば、みな同じ反応をするというものでもありません。この点は、行動心理学で扱われるモルモットとは異なります。ですから、およそ人間に関わる科学は、主観、客観両面に注意を払わねばならなくなります。
SFCでは、様々な学問領域における(あるいは諸領域にまたがる)研究が可能です。その多くが、「人間」というこの不可解かつ複雑な存在に関わっています。政治学だから政策資料の字面の話をしていればよいとか、経済学だから統計資料の数字だけ扱っていればよいとかいうことではありません。それでもあえて、「人間」などという面倒な存在とは向き合いたくない(そういう場合、人はさまざまな言い訳を用意します。
「ヒューマンファクターなどという曖昧な概念を扱うのは、非科学的だ」「研究室にこもっていた方が、ものごとを客観的に見られる」といった類の、もっともらしい言い訳を)というのであれば、それは相手を物言わぬ客体ないし対象物として扱い、自らは一切を「客観的に」俯瞰する、神にも等しい地位を占めていることになります。随分「えらく」なったものですよね。SFCには、英語とコンピューター言語の知識があれば、言語スキルについては十分、という領域も存在します。ですから、我々もSFC生全員にLOTE(英語外言語)が必要だと主張するつもりはありません。しかし、もしみなさんがいやしくも具体的地域、ないしそこに生きる人間に関心をお持ちなのだとしたら、個別言語スキルが必須前提条件になるでしょう。その根底にあるのは、同じ人間としての相手に対する敬意と愛情、そして自らの限界に対する謙虚な認識なのです。
SFCの中国語スタッフには、「中国人」を物言わぬ対象物だと思っている人など、一人もおりません。それぞれ専門領域は異なりますが、生きた人間と向き合うことをいとわない、またそうでなければ見えない「中国」があると、信じている人々です。ですから、変に「えらく」なりたくないと思っている諸君を、われわれは大歓迎します。SFCで何を研究するにせよ、生きた人間としての「中国人」と向き合ってみたいと思う人は、ぜひわれわれの門をたたいてみて下さい。最終目標は、相手の言葉で思いを伝え、相手の思いを理解し、相手が語れる語学力です。ただし「日本人」としてではなく、同じ一人の人間として。

科目ごとの授業内容

1. インテンシブ1~4

SFC中国語のメインのコースです。「メイン」の意味は、受け入れる人数が最も多いということではありません。問題は目標となるレベルの設定です。インテンシブ中国語は、「高いレベルの中国語の使い手」を少数精鋭で育てていこうとするコースなのです。ですから、まず前提として、皆さん自身に「どうしても中国語を身につけなければならない」という強い動機付けが必要です。つまり皆さんが将来何をしようとし、そのためには何が必要かというしっかりした考えがまず前提にあって、それを達成する自分なりの戦略として中国語が鍵になるという強い動機付けがある場合には、このインテンシブ履修が最適です。
到達目標は、中国語で行なわれている講義科目に十分ついていけること、中国関係の研究会やフィールドワーク、インターンシップなどに参加できる実力をつけること、そして中国研究に必要な高いレベルの中国語力を身につけることです。インテンシブ1及びインテンシブ2は主に中国語を用いての授業が行われます。インテンシブ3は、テキストに沿った中国語学習に加えて、中国語活用力や中国の社会や文化などについて中国語で聞き取り、会話する能力をも養います。インテンシブ4では、中国語で中国の政治、経済、外交、歴史等を学び、また中国語プレゼンテーションによって発信する能力をも養います。
インテンシブ1は1クラス30人以下の少人数クラス(年間5クラス、計150名)で、初習者のみ受け入れます。この初習者クラスでは、中国語ネイティブと日本人教員とのチームティーチングにより、直接教授法を応用した独自の方法で、中国語の初歩の初歩を確実に身につけてもらいます。インテンシブ2は25名で年間4クラス=計100名、インテンシブ3は20名で年間2クラス=計40名、インテンシブ4は15名で年間2クラス=30名を履修上限とします。中国語習得にとって理想的かつ効果的なのはインテンシブ1~4(どれも毎週4コマ、1学期4単位)を続けて履修することですが、既習者がいきなりインテンシブ2、3、4を履修することも可能です。
インテンシブ履修者には、2014年度より資格試験「科挙」免除の特典が認められています。インテンシブを履修し単位を取得した学生諸君は、次学期に限り、1級上のインテンシブを履修することができます。こちらの指定する期日にアンケート用紙を提出し、1級上のインテンシブ履修希望を表明すれば、そのまま履修が認められます。ただ、定員を超えた場合は選抜することもあります。一方、高校までに中国語学習経験がある人が直接インテンシブ2、3、4を履修する場合や、ベーシックからインテンシブに乗り換える場合、研修などを経てインテンシブでの飛び級を希望する場合などは、資格試験「科挙」を受験せねばなりません。ご不明な点は、中国語研究室までお尋ね下さい。

2. ベーシック1~3

中国語ベーシックはいわゆる「第二外国語」としての中国語授業です。1~3期まであり、インテンシブコースと同じテキストを使いますが、クラス人数はインテンシブよりは多く(1クラス30~40名)、コマ数も週当たりインテンシブより2コマ少なくなっています(1学期2単位)。それでも中国語文法についての知識、簡単な会話を学ぶことができ、SFCのWeb教材を利用したり、研修に参加したりすることで、インテンシブコース並みの充実をはかることも可能です。中国語に興味があるという程度でベーシック1に参加してみて、更にしっかり学んでみたくなった人が、次の夏休みや春休みに研修に参加し、資格試験「科挙」を経てインテンシブコース2に参入するという例も珍しくありません。

3. スキル

スキル中国語は、インテンシブやベーシックで学んだ中国語のスキルをさらに向上させる目的で設けられている科目群です。春学期開講分として「経済」「近現代史」「思想」「文化」、秋学期開講分として「検定演習」「会話演習」「外交」「日中文化比較」を用意しています(週1コマ2単位)。検定演習ではHSK(中国政府が公認している世界基準の中国語検定試験)や中国語検定試験(日本中国語検定協会が行う検定試験)の対策を行い、会話演習では中国語会話の基本的スキルを習得することができます。「近現代史」、「思想」、「文化」、「外交」では、異なる分野から、中国社会に関する基礎知識のみならず、その分野における語彙も習得することができます。そして「日中文化比較」では、中国語の映像資料を視聴することを通して、日中間の文化的相違を学ぶことができます。スキル科目履修に当たり、資格試験「科挙」の合格は条件になっていませんが、インテンシブ4修了程度の中国語力を想定した、中国語を使用して行われる科目ですので、自らの中国語力を十分吟味した上で履修の可否を判断して下さい。

4. 海外研修

運転免許証を取得する過程では、必ず「路上教習」を体験することになります。中国語スキルも、現場における実践がないと「教室語学」に終わり、真の意味で定着しません。これは、「畳の上の水練」で泳げるようになるか、「素振り剣道」で強くなるかをお考えいただければ、わかると思います。現場の実践としては、初級・中級段階では海外研修、上級段階では海外フィールドワークがあります。フィールドワークの申請方法や支援制度については、事務室にてお尋ねください。ここでは、海外研修についてのみご紹介します。
夏休み、春休みにSFC中国語公認の研修コースに参加して修了証をもらうと、次の学期に研修単位を申告することができます。研修受け入れ校には、中国大陸の北京大学と、台湾の台湾師範大学があります。
海外研修に参加した人は、次学期のはじめに行われるSFC独自の資格試験「科挙」を必ず受験しなければなりません。(注意:未受験者はD判定になります!)
履修資格は特に設けていませんから、全くの初心者でも申し込みをすることができます。もちろん、インテンシブやベーシックである程度中国語を学んだ段階での参加が理想的です。

5. さらに上のレベルに

SFCでは中国関連の講義科目も開講しています。中国文化、言語教育、中国近現代史を論じる科目、現代中国総論にあたる科目、中国関連の研究会などがあります。どの科目も、現代中国を理解する上で欠かせない内容を扱っています。特に中国に関連するテーマで卒業制作を手掛ける予定の人、大学院進学を考えている人、中国研究が自らの進路に必要であると考えている人は、是非SFCでの中国語学習を基礎として、より発展的な知識を得ることができる中国関連の講義科目と研究会を履修してください。

教員スタッフ

専任

田島英一
(総合政策学部教授、政策・メディア研究科委員)
研究専門領域:中国市民社会論、公共宗教論、キリスト教系団体研究
鄭浩瀾
(総合政策学部准教授、政策・メディア研究科委員)
中国近現代史、中国地域研究
宮本大輔
(総合政策学部准教授、政策・メディア研究科委員)
研究専門領域:社会言語学、中国語学、中国語教育
華金玲
(総合政策学部訪問講師)
研究専門領域:科学技術イノベーション、情報通信政策、デジタル社会とメディア利用、バーチャル空間の言語習得

非常勤

王慧琴
中国語学、中国ジェンダー研究
川田健
中国思想、地域研究、トランスカルチャー論
費燕
中日言語対照研究
韓氷
比較文学、比較文化
劉璐
日中対照言語学、中国語教育学、言語の位相と位相差研究
山影統
安全保障政策、外交史
王暁音
国際社会学、中国系移民研究、質的研究法
辛孟軻
中国近現代史
新田順一
中国政治
厳馥
日中対照言語学、中国語学、語彙の意味研究
尹国花
中国近現代史
佐々木聡
社会学、市民社会論、社会的企業論